犬山祭は二度より三度 いにしえの記憶が蘇る、絢爛豪華な城下の祭り
2018.2.9
寛永12年(1635)より続く針綱神社の祭礼は、桜の最も美しく咲くころに行われます。犬山祭の主役は3層からなる車山13輌。いにしえの記憶が隠された彫刻や幕の図案、またすべて江戸時代から伝わるからくり人形を操り、奉納からくり人形を披露するのは全国でも唯一のものです。夜には、各車山に365個もの提灯がともされ、車山巡行が行われます。夜桜に浮かぶ祭りのにぎわいは、まるで錦絵のような美しさです。
行く前に見どころをチェック!
- からくり
- 13輌の車山すべてが、演目の違う精巧なからくり人形を載せていることは、犬山祭の大きな特色のひとつ。代々の玉屋庄兵衛によるからくり人形は、町衆の息の合った操作によって命を吹き込まれ、見事な物語を見せてくれます。
※犬山市文化史料館の別館「からくり展示館」では、“現代の名工”九代玉屋庄兵衛が毎週土曜日にからくり製作の実演を開催
- 練り物
- 犬山祭が始められた当初は、趣向をこらした仮装などの行列(練り物)が祭礼を賑わせていました。その伝統を3町内が現在まで引き継いでいます。かわいらしい武者たちが活躍する練り物は当時の娯楽や風俗が垣間見えて、とてもユニーク。
- どんでんと車切
- 曳山の巡行は、見ごたえある方向転換も醍醐味のひとつ。犬山では「どんでん」「車切」の二種類の動かし方があります。「どんでん」は、車山を曳く手古(てこ)衆が、辻曲りの時掛け声もろとも車山の片側を持ち上げて素早く90度回転させるもので、大きな車山を持ち上げて、ぴたりと寄せる男衆の力技に、観衆からはひときわ大きな歓声が湧きおこります。
そして車山を押して動かす「車切」も見もの。男衆が一気に車山を横へと押し、ガガガッと地面を擦りながら車輪を動かすもので、豪快な力技に魅了されます。
<祭りを動かす人たち>
祭りについてアレコレ聞いてみました
(一社)犬山祭保存会 専務理事 溝口正成さん
- Q. なぜ犬山は「山車」ではなく「車山(やま)」なのですか?
- 祇園は山鉾、高山・秩父は屋台・岸和田はだんじり、美濃では車へんに山という特別な漢字まで作っていますね。その各地の呼び方こそが「地域の顔」を表した言葉だと思います。犬山では、幕末期の史料にはすべて「車山」と書かれており、文化を引き継いできた言葉ということで、呼称も当時のまま残しています。
- Q. 犬山祭の面白さとは?
- 江戸期に始まった祭りですが、祭りにはいにしえの記憶が残っています。幕や彫刻、演目などをよく見ると、海や波は縄文・弥生時代・神話や風水(方位学)は古墳時代…いろいろな時代の記憶を呼び起こさせるものです。積み重なって今に至る壮大な歴史を感じながら、祭りを見るのも面白いですよ。
- Q. 昔はどんな祭りでしたか?思い出を教えてください。
- 僕らが幼い頃の祭りは、地元の祭りという感じでしたが、とても盛大でした。祭り装束の男たちはみんな、この日ばかりは主役です。山組みが行われると、町内の子供たちも車山に登らせてもらって遊んだり、街には飴細工にガマの油売り…いろいろな夜店が出て、それが面白くて仕方がなかった。娯楽が多様化している今でも、祭りとなれば心が躍る。この思いの強さが、祭りを動かす原動力になっているのでしょうね。
- Q. 全国から観光客が集まる理由は?
- 車山だけではなく、祭りの舞台としての町の美しさがあるでしょうね。城があり、桜があり、町並がある。時代絵巻とよく言われますが、歴史を感じる美しさがありますね。「夜車山の巡行」も犬山祭の見どころのひとつですが、昔と同じく、ろうそくを使っています。今では他の地域ではLEDに変わりつつあるけれど、本物の祭りを続けていくのも大切なことだと考えています。
- Q. 保存会は2018年に一般社団法人になったそうですが、それはなぜですか?
- 京都祇園では一般的になっていますが、愛知県内では初めてではないでしょうか。これは10年、20年を見据え、祭りを守っていくための施策です。少子高齢化の流れの中で、これだけ経費のかかる祭りを維持していくのは、限界でしょう。祭りの世界も「不易流行」(※)が重要で、先のためにあらゆる手を打っていかなくてはならないと考えています。
※不易流行…いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと